日本の知性、梅原猛さん死去で思う事(脳死の事とか・・・)

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今朝、新聞を開いてみたら一面にこんな記事が掲載されてた・・・。
オレが勝手に思ってるんだけど、数少ない「日本の知性」、梅原猛氏の死去のニュースだ。

若い頃、何冊か梅原猛氏の著作に触れて、

へ~、こんな考え方が有るのか!

って、かなり刺激を受けたんだけど、彼の死はまさに「日本の知性」にとって損失。
あれだぞ、知性って言っても、そこらの大学教授とかネットで人気のブロガーなんかとは桁違いの知性だ。
アホみたいなハウツー本や金儲けの指南書を書くような連中とは違う、まさに正真正銘の知性
って事で、今回は梅原猛さんの事で、ちょっと思った事を書いてみようか。




梅原猛さんで思い出すのが、「臨時脳死および臓器移植調査会」だ。
1990年だっけ、総理大臣の諮問機関として設置されたんだけど、この調査会の目的は・・・

何をもって人の死とするか

「公的な答え」を出す事。
あの頃、臓器移植が盛んに行われるようになりはじめた頃だけど、連日のように新聞を賑わしてた。
何といっても最大の焦点は・・・

脳死は人の死か?

って事。
心臓移植やら肝臓移植では、心臓が動いてる状態で臓器を取り出す必要があるそうで、脳死を人の死とするかどうかで、テレビなんかでも大きく取り上げられて議論が行われた。
これね、当時から思ってる事なんだけど、俺の感覚だと・・・

心臓が動いてる間は人の死じゃない!

と思ってる。

で、この調査会の委員だった梅原猛氏も「脳死は人の死ではない」と言う立場を一貫して貫いた人だ。
これだけでも、俺にとっては尊敬に値する。
オレの感覚だと、心臓が動いてる間(脳死状態)で臓器を取り出すなんてのは、殺人にも等しい行為

しばらくすると臓器移植カード(通称ドナーカード)なんてのも発行されたな。
自分が脳死になったら臓器を提供するかどうかの意思表示をしておくカードだ。
2010年からは免許証の裏にも臓器提供の意思を示す欄が儲けられてる。

俺が丸をつけるのは、もちろん・・・

私は、臓器を提供しません。

昔、よく言われた事があるけど、自分が臓器を必要とする側になったらどうするんだ?って・・・。
そんなもん、決まってるじゃないか。

運命として受け容れる!

俺も提供しない代わりに、誰からも提供していらない。

 

何かの小説で読んだ言葉だったか、映画の中の言葉だったか忘れたけど、こんな言葉が有った。
臓器移植を待つ人物が言うんだけど、

人が死ぬのを待ってまで、自分は生きたくない

他の人はどうだか知らなけど、俺は完全に同意する言葉だ。

脳死は人の死ではない、と一貫して主張した梅原氏だけど、92年、この調査会は結局、脳死を人の死と認めた

梅原猛氏の死去は、日本から「本物の知性」が一つ消えた事だと思ってる。

 



 

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Posted by masato